教員インタビュー

  • 上田紀行
  • 池上彰
  • 伊藤亜紗
  • 桑子敏雄

Toshio Kuwako

桑子敏雄

 

東京工業大学リベラルアーツセンター(以下、「センター」)は、東京工業大学の全学科目における文系科目の充実を図るとともに、文系分野のリベラルアーツ教育を推進するために平成23年1月に学内共同研究教育施設として設置されたものです。

センターは、センター長と専任教員3名の体制で実質的な活動を開始しています。理工系学生の人間性を高め、また社会性を培うためのリベラルアーツ教育のあり方について検討を進め、文系基礎科目、文系導入科目、文系専修科目、総合科目の一部を担当します。

東工大生の人間としての「根っこ」の部分を担うリベラルアーツ教育のあり方について、本学の教員、学生のみなさんからも意見をうかがいつつ、議論を深め、またセンターとして提案していきます。

 

 

東工大のリベラルアーツはひと味違う。

東工大は大学院教育を重視した組織で、先生方も大学院で教育と研究を行い、学部でもそれを担うという形になっています。すると、学部教育を行う先生たちは、大学院教育に足る高い専門性を持っていることになります。専門性の基準は、学位を持っているとか、論文の数がどれだけあるかとかいったことです。しかし、学部でより幅広い教育をするには、そういった基準の外からも、先生たちに集まって欲しい。それが、リベラルアーツセンターの存在意義です。

ですから、リベラルアーツセンターの先生方の授業には、オーソドックスな文系の教養を教える人はいません。今の時代に合った講義を、今の時代にあったスタイルで行っています。

 

自己紹介を通じて、自己とは何かを考える。

私は東工大に着任した当初、最初は、専門である哲学を文学部の学生に教えるようにして教えていたのですが、東工大の学生は、哲学的な思考に慣れていませんでした。哲学的思考とは、存在とは何か、自己とは何かといったように、言葉や概念を深く考えることですが、理系の学生は、そういった概念はすでに定義されているものと思っているのです。ですから、言葉や概念を問うこと自体の面白さを知ってもらうことから始めるように変えてきました。

たとえば、自己とは何かを考えるにあたっては、自己紹介をしてもらいます。するとたいていその内容は、自虐的であるか、オタク的です。自虐的とは、「私はなにもない埼玉の出身です。でも群馬よりはマシだと思っています」といったものです。一部の人にはそれで笑ってもらえ、覚えてもらえるかも知れません。しかしその自己紹介は、私のように群馬出身で埼玉育ちの人が聞いたらどう思うかという配慮に欠けています。

また、「○○のゲームにはまっています」といった自己紹介は、そのゲームを知らない人には通じません。

 

講義に出席していれば友達が15人できる。

自己紹介には、自分とは異なる聞き手が居ることを自覚してから、新しい自己紹介を考え、隣の席の人を紹介する他己紹介をし、その相手を変え、といった具合に改善を図ります。

他人を紹介するときは、自虐は使えません。また、15回の講義で毎回、他己紹介の相手が変われば、15人友達ができることになります。また、これにより、自然と初対面の人とも話せるようにもなります。

講義に出続けている学生は、顔つきががらりと変って、楽しそうになります。講義でも「楽しいですか」と尋ねると、「はい」と返事が返ってきます。もっとも、楽しそうにしている学生を選んで尋ねるのですが(笑)。学食へ行ったときに、他己紹介をきっかけに知り合った学生同士が、哲学の話をしているのが聞こえてくること。それが私の理想です。

こういった経験を積むのに合わせて、自己とは何かを考えさせ、過去の哲学者たちはどう考えてきたかを教えています。

 

倫理で最も大切なのは、そこに倫理的問題があると気付くこと。

『倫理学』の講義では、倫理的な問題がありそうなできごと探しから始めます。それが例えば、CIAの機密を漏洩させた元局員の問題だったとしましょう。すると、もし彼の立場にあったら自分はどうするかを考えてもらいます。そのうえで、内部告発と情報漏洩との関係について講義をします。

ここで最も大切なのは、どうするかを決めることではなく、そこに倫理的な問題があると気付けることです。「それがいけないことだと思わなかった」というのでは困るのです。自分一人の問題なら、それでもまだいいかもしれません。

しかし、社会的リーダーになる人は、回りを巻き込む可能性があります。その人の倫理観の欠如が周囲に迷惑を掛けることは多々あります。逆もあります。倫理観のない人を見抜き、トラブルを回避する力も身につけてほしいと思っています。

 

 

正しい答えは選べない。できるのはよりよい選択だけ。

どう判断をするかは、そこに倫理的な問題があるかどうか気付けてからの話です。ただし正しい答えはなく、あるのは、より良い選択、またはより悪い選択のみです。そして、それが良いか悪いかは、すぐその場ではわからないものです。学生プロジェクトは仲が良く多くの学生が集まってくれます。またその姿を見た別の学生が、何かやってみたいと来てくれる。これは嬉しいことです。

そこで、学生が何をしたいのか、何を学びたいのかも見て、新しい授業設計の参考にしています。学生がしたがることには、学生がどういう人間になりたいかが表れています。もちろんすべての要望に応えるわけにはいきませんが、受けて立つ度胸は持っています。

 

学生がもっと良くなれば、大学ももっと良くなる。

学生に応えていくことが、学生のやる気を引きだします。学生がやる気になり、世界で通用する学生に育てば、それは東工大が世界で通用する大学になるということです。大学がすべきことは、学生をどう育て、どういうリーダーになって欲しいのかを、明らかにすることだと思います。

 

 

 

 

Copyright © 2013 Tokyo Institute of Technology. All rights reserved.