教員インタビュー

  • 上田紀行
  • 池上彰
  • 伊藤亜紗
  • 桑子敏雄

Akira Ikegami

池上彰

 

リベラルアーツを敢えて日本語に訳すと、「教養教育」ということでしょうか。日本の大学教育は、専門性に重点を置くようになっていますが、その結果、人間としての「教養」に欠けた人材を出すことになっていないか、との反省が語られるようになりました。

では、その「教養」とは何か。大学で学生に伝えられる「教養」とはどんなものか。東京工業大学に学ぶ理科系の学生に身につけてほしい「教養」とは何か。

私も社会科学系の科目を担当します。大岡山のキャンパスで、学生諸君や同僚たちとの議論を通じて、リベラルアーツの現代的役割を探っていければと願っています。

 

 

東工大生に教えているのは現代史。

私は東工大で、現代史を教えています。現代史は、高校までの歴史の授業では時間切れになってしまうことが多いもの。それをカバーしようということです。第二次世界大戦後から、日本はどのようにして現代に至ったのかを「現代日本を知るために」で。世界の政治や経済、宗教などの構造がどうなっているのかを「現代世界の歩き方」で教えています。

 

 “社会科”の面白さに気付かないのは損だ。

学生はとてもまじめで一生懸命です。レポートを見ても、講義の後での質問を聞いても、回を重ねるごとに、成長しているのがわかります。「“社会科”がこんなに面白いものとは知らなかった」と言ってもらえると、私もとても嬉しいものです。別の言い方をすれば、社会科の面白さに気付けないのは、損ですよ。

東工大の学生の多くは、高校時代には「歴史は暗記が多いからつまらない」と思っていたのかもしれませんね。しかし、歴史上の出来事にはすべて理由があって、因果関係は論理的に説明できます。数学や物理・化学が好きで、論理的思考が得意な東工大生には、歴史は本来、面白く感じられるはずです。

 

講義が面白くないのは、教える側が悪い。

ただ、私自身が学生時代、一般教養の授業はまったく面白くなかった経験があります。一般教養の教授たちの中には、自分の書いた本を読み上げるだけの先生や、本に挟み込んだ出席カードの提出があれば単位を認定する先生がいましたから。だから、学生が「面白くない」「つまらない」と感じる講義の責任は、教える側にあると思っています。

私が大学へ入ったのは、学生紛争の影響で東大の入学試験がなかった年です。ストが多発し、講義が中止になることも少なくありませんでした。なので、学生の間で自発的にグループを作って専門教科の古典を読み議論するなど、自主的に勉強する機会が多くなりました。

そのほかの時間は読書に明け暮れていました。昔、渋谷のセンター街には名曲喫茶(クラシック音楽を聴かせる喫茶店)がたくさんあって、午前11時までに店に入ると、80円のコーヒーが半額で飲めました。それを飲みながら、高橋和巳や福永武彦、堀辰雄、それからドフトエフスキーなどの小説を読んでいました。マックス・ウェーバーも読みましたが。今よりもずっと多くの本を読んでいました。

今、学生に戻れるとしたら、もっと勉強したいですね。

 

実は理系は苦手だった……。

理系は苦手でした。数学や物理、化学と聞くと拒否反応を示していました。だから、東工大は縁遠い大学でした。とはいえ大学受験のためにと、高校時代には一通り、いやいやながら勉強しました。理工系の学生の皆さんにはおなじみの「大学への数学」も読みふけりました。

当時はちんぷんかんぷんでしたが、今となってはその頃の勉強が生きています。論理的思考法を鍛えるのに役立ったのです。後になって「こういうことだったのか」と気がつけるのは、その頃の経験があるからです。教養とは、すぐには役に立たなくても、あとになって役に立つものなんです。

 

教養がないと、世界はうすっぺらく見える。

教養とは、社会を複眼で見るために欠かせないものです。

単眼でものを見ると、うすっぺらく見えます。ところが複眼で見ると、視野が広がり、立体感が生まれます。単眼で見ていたときには見落としていた存在に気がつけます。では、もうひとつの眼はどうやって手に入れて、鍛えていくのか。それが、教養を身につけるということなんです。教養を身につけるのには、時間がかかります。すぐには役に立たないので、学んでいる間は無駄だと感じるかもしれません。しかし、東工大生にこそ、複眼の育成が欠かせません。

その理由の第一は、東工大の学生は大学生活を通じて、専門分野という単眼を鍛えていくところにあります。それに匹敵するもう一つの眼を、意識して育てなくてはなりません。

理由の第二は、環境にあります。多くの大学では、工学部の学生もいれば文学部の学生もいるし、経済学部の学生も、体育学部の学生もいます。学生間の交流で自然に、自分の専門以外の教養に触れることができます。ところが東工大は、理学部・工学部・生命理工学部の3学部です。自然にしていていは、ほかの大学の学生ほどは教養を身につけにくいのです。

 

教養を身につけると、人間の幅が広がる。

だからこそ、学生には私も含めたリベラルアーツセンターの先生方の講義はぜひ受けてほしいと思っています。そうすることで社会が開け、人生観が変わり、それまで考えたこともなかった発想が生まれ、人間としての幅が広がるはずです。

東工大は、日本で最先端を行く理工系の大学ですから「この分野を極めたい」「こんな尖ったことをやりたい」という希望を持っている人にとって、いい環境です。また、何学部何学科ではなく、第1類から第7類までの“類”で受験できるところも魅力ではないでしょうか。入学時に選ぶ類には、例えば第1類は理学部系、第5類は電気・電子系というおおまかな枠組みはありますが、2年進学時に類を変えることができます。大学に入ってある程度学んでから、何を専門的に学ぶかを決められるのは、いいことだと思います。

 

東工大で優秀な人、変な人に出会おう!

東工大に入学してくる学生はほとんどが、高校時代にトップクラスの成績を収めていた人でしょう。しかし、入学して周りを見てみると、もっと優秀な人も、もっと変な人(笑)もいることに気がつくはずです。優秀や変と言っても、すべてにおいてではありません。「ここはあいつの方がすごいな」「でもこの点は自分の方がユニークだ」と知ることになります。こういった多様性を知ることは、社会に出るためにも、また、専門を先鋭化させていく上でも大切なことで、優れた複眼を養うために欠かせないことです。ぜひ、リベラルアーツセンターによる講義を受けたうえで、専門科目にも力を入れてください。

 

 

 

 

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